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 名古屋市中区栄リコネクション・パワーストーン・ヒプノセラピー  スピリチュアルサロンsalon celestのブログです
こだわりの


「私、コレがいい!


「私、どれでもいい



て言葉、どっちが「良さげ」に聞こえますか?



一見、前者の方が積極的で、元気で、
人生を楽しんでいるように聞こえますよね。

でも、ストレスに強い性格がどっちだ、
ていう観点で見ると、
実は明らかに後者の方が強いんです。





「これが好き」「大事」「大切」という思いは、
私たちの心を暖かく、積極的に、
人生を価値のあるものにしてくれます。
そして、「私」というパーソナリティの確立と、
「私らしさに満たされる」という二次的な喜びももたらしてくれます。

が、何でもそうだけど、
それが「過ぎる」と、ちょっとやっかいなことに。


「これが好きが強くなりすぎると
いつしか
「これじゃなきゃ嫌(ダメ)に変わっていくことがあります。

お気に入りの「コレ」があまりに気に入っちゃう
「コレじゃない状態」が苦になるんですよね。
「コレが好き」に囚われてしまうようになる。



どういうことかっていうと、たとえば、
以前、デザイン関係の仕事をしている知人がつぶやいた言葉。

「僕、Apple社のデザイン以外の物に魅力を感じないんだよね。
 パソコンも携帯も。他社製品見ても全然持って歩きたくないんだ。
 ジョブズが死んで、この先Apple社のデザインが
 今までみたいなクオリティじゃなくなったら
 買えるもの無くなっちゃうよ~(--;」


なんだか贅沢なハナシかもしれないけど(笑)
でも、「Apple社が大好き」の幸せなハナシのはずが、
これが無くなったら他に手立てがない と、
なんだか身動き取れない状態になっちゃってますよね。




「好き」「大切」「愛着がある」という言葉は
本来、暖かくて、ずっと大事に抱きしめていたいもののはずなのに、
いつのまにか「これ以外ダメ」になると
自分の人生が身動き取れなくなってくる。

途中で「しょーがないや、諦めよ 」と
中庸に戻れればいいんだけど。
あまりに愛しすぎて、他で代用したくない、
できなくなっちゃった場合。
なまじスタートが「大好き」だったので、
「諦める」という選択肢を否定しがちになります。


「だってこれ以外ダメなんだから、仕方ないじゃん


そして、ついには意固地になって

「好きなんだから、それは大事にすべきだ

にまで発展しちゃったり。
(「べき」になってます。正当性を主張 



でもそれって、
最初の「好き!」の幸せな状態とはちょっと変わってきてますよね。
自分の好みに「こだわって、執着して、しがみついている」状態。
なので、「楽しそうじゃない」。
軽くないんです。重い重い 




何かを愛する気持ち、大切にする気持ちに
「こだわりだしたら」要注意。


「荷物を持ってくれるアナタが好き」
「荷物を持ってくれない人は幻滅」になり、

「美しい(清潔・整然とした)ものが気持ちいい」
「そうでないものが耐えられなく」になり、

「周りにさりげない気づかいしてくれる人にほっとする」
「そうでない人(行為)がものすごく不快」に変わる。




「好き」のこだわりの最終形態は、
「好き以外がダメになる」ので、
自分の周りを好きで埋め尽くそうとする。
または、ダメを避ける(ダメから逃げる)ようになる。

そうすると、どんどん自分の世界が狭くなっていきますよね。
受け入れることができる幅が狭くなるんです。
苦手が多い、妥協ができなくなる人生。




なんでこんなこと書くかって、
これ、ストレスをためやすい人、
ひいては欝になりやすい人の性格パターンなんです。

一昔前、欝になる理由ってのは
「ノーが言えない」
「いわゆる「いい人」」(=自分をおさえて相手に合せる)
て性格の人だ、と言われていて、
勿論それは間違ってはいないんだけど。
人のストレス耐性やメンタルトレーニングが
随分進んできた今の時代、
欝になる要因はもっと沢山あって複雑なことがわかっています。

その内の一つに、
こだわりが強いとか完璧主義な性格てのがあります。
自分のこだわりが強すぎて、周りに嫌なもの、
受け入れられないものが増えていき、
八方ふさがりになって行き場所が無くなる。
毎日の生活に嫌な事ばかりが増えて、
我慢ばっかりしなきゃいけない、
どーしてもイヤなことを無理やり我慢しなきゃいけない。
だから欝になる(@_@;




じゃぁどうしたらいいか。
好きを突き詰めがちな人も、
自分はどうも苦手が多くて困る と思ってる人も、
やり方はおんなじ。


「苦手を我慢する・克服する」のが
難しいと思うなら、
アプローチする場所を「苦手」の方でなく
「好き」の方にするといいです。


まず、「好き」をあまり突き詰めないようにする(^^;
(こだわると細分化されて、注文が厳しくなるから)

それから、「まぁいっか、コレでと、
妥協する癖を細かいところからつけておく。
(人間の心は、ある程度慣れでなんとか折り合いがつけられます。
 苦手なことだって、慣れちゃえばそのうちなんとなく
 苦手だっていう意識に執着しないようになる)

そして、「これはこれでアリなんじゃない?ヽ(´ー`)ノ」を少しずつ増す。
「好き」の幅が狭まっていったのなら、
逆に広げていけばいいんですよね。



他にも方法はまだあるけど、
書きだすと長いのでこのへんで。(もう十分長い 
「苦手を減らす方法」は他にもあります。
人(の性格)によって合う方法も変わりますので
良かったらお目にかかったときに
ご自分へのオススメ方法、ご案内しますよ~ん 


しがみつくものが多いと、人生は重たくなる。
そして、狭くなって、拒否するものが多くなる。
「好き」に執着してると気づいたら、
その手を緩めてみるといいですよね 








2014⁄06⁄10(Tue) 23:05   スピリチュアル | | | ↑Top
聞きたくない言葉


大抵の「大人」が自覚しているように、
誰か--- たとえばそれは友人であったり、
家族であったり、職場の同僚であったりする人から
言われた一言に

カチンとした

イラッとした

それは私にとって地雷だった


場合。



そう、「地雷」なんだよね。
つまり「当たってること」

図星を指摘されると、人はカチンとくる。
そして、意固地になる。
「何も知らないくせに」
「なんでそんなこと言われなきゃいけないの」
「余計なお世話だ」

と。



一昔前と違って、これだけメンタルの研究が進んだ現代、
「自分の内面と向き合う」ことは随分一般的になりました。

でも、自分と向き合うことは、
時として苦痛を伴うこともある。
目を背けていたいことと
直面する行為は、誰だって辛い。

避けて通れていければそれでいいけど、
それでも長い人生、
いつかは一歩を踏み出す勇気も必要だと私は思う。

で、さて、向き合ってみて、
認めたくなかった何かが出てきてしまったときには、
どうする?

受け入れる?

それとも、

はねのける?





誰かが、地雷のスイッチを入れるような発言をした時。

例えばそれが、
ただ相手を傷つけるだけのデリカシーの無い言葉であったり、
こちらの事情をわかりもしないのに
偉そうに上から目線で
説教したい病¬( ̄- ̄)Γ の人の発言だったりする場合は除くとして。

自分の甘さやプライド、身勝手さ所以に
現実から目を背けていたいこと、
認めたくないことを指摘された場合。

自分の瞬間湯沸かし器のような感情的な反応をなだめ、
指摘されてしまった、「目を背けておきたかった」
自分の難点を受け入れていくことを
果たしてあなたはできるだろうか。





若い頃は友人の行動に対して
ああだこうだと口を出すことって多いけど、
年を重ねていくと、たとえ仲の良い友人であったとしても
自分に何かを「忠告」してくれる人は少なくなる。

その理由は、若い頃の経験を重ねた結果、
「本人が○○したいんだから、周りが何を言っても無駄」
てことがわかった、てのが大多数だろうけど、
時には「言ったところで機嫌を損ねてトラブルになるのが
目に見えてるから言わない」
て場合もある。



「あなたの人生なんだからあなたの好きにすればいい」
という見方は、冷たいようで冷たくない、
適切なスタンスなんだけど。

それでも、あなたにとって必要な何かを、
「カチン!」が返ってくることを
わかっていながらそれでも言ってくれる友達は
重要ではないだろうか。



その「忠告」が本当に必要なのか、
愛のある行為なのかそれとも余計なお世話なのか、
その境はいつもケースbyケースだし、
たとえそれが、言う側にとってはどんなに愛にあふれたものであっても、
果たしてそれが受け取る側に功を奏するとは限らない。

でもだかといって、
全て「その人の人生なんだから(私は何もしない)」
適切な真実でありながら、
じゃぁ友人って何? 何のための友人?
になったりもする。

こういうのって、
何も正解もプロトコルも無いんだけれどね~ 
でも、「あなたの人生好きにすればいい」が全てだと思ってると、
人は誰とも関わらず、交流せず生きてるようなもんじゃぁないの?
てことにもなるよね。







過去を振り返ってみて。
自分のことをよく知っている人から言われた
カチンときた一言。

それは聞きたくなかった言葉?
それとも、それを聞き入れてみると
あなたの人生が変わる言葉だろうか?




その答えはいつだって、自分の中にしかない。
でも、言われてカチンときたその感情の下に、
どこかで「その通りなのかもしれない」とわかっている自分がいるのなら。

いきなり100%受け入れる必要はない。
でも、いつかは受け入れてみようと思う気持ちさえあれば、
きっとあなたの人生は大きく動くだろう 











2014⁄05⁄25(Sun) 00:11   スピリチュアル | | | ↑Top
病気が表現するもの


ブログが随分ご無沙汰になってしまいました。
ちょいと夏風邪をひいてまして~

7月末には高校生以来の蕁麻疹に見舞われたりと、
今年はなかなかのスリリングなひと夏となりました 
いや~参りましたね~~~
体中に世界地図が描かれていくように
蕁麻疹が広がっていく
様を見た時にゃ・・・
そんな領土拡大、要らんっちゅーの(^^;





人間の心と体は、私たちが思っている以上に
綿密に絡み合っています。
風邪をひくとか熱をだすとか、
一見良くないことのように見えますが
スピリチュアルな視点から
自分の体に出ている症状を考えてみると
色んなことがわかって興味深いんですよ。

今の自分の内面がどんな状況なのか、
何と向き合っていて、何を克服しようとしているのか。
どこがどんなふうに偏っているのか。
そんな細かなところまで
「今の私の魂の状態」が、
体の症状として具現化されているんです。

だから、ただ、疲れていたとか、
ストレスがたまっているとかいう
「ネガティブ」な「良くないもの」という
一元的なレッテルを張って
片づけてしまうには勿体ないんですよね。






私たち人間は、自分の質(性格や癖)を持っているので、
それが具現化されて体に症状として出るとき、
「私の体にはよくあるパターン」を持っている人が多いです。

胃が弱いとか。
いつも喉から風邪をひくとか。
皮膚に発疹が出やすいとか。


そのパターンから自分の質を読み解くこともできるし、
どこがどんなふうに偏っているかを
気づく手立てにすることもできます。
そしてもし、「いつもと違った症状が出た」なら、
それは「体が弱ってる」というよりも寧ろ
「新しい何かに向き合うステージに来た」
ことなんだと、私は思います。

だから私は、例えば自分が滅多に出さない熱が出ようものなら
「おっ 熱が出た!」と若干嬉しい (←ヘンタイ・笑
それはつまり、今までの自分が持ち合わせていなかった
外界の新しいものに自分が反応して、
体の免疫システム(今の自分の力量)が
新しいものと戦い、最終的に自分の中に取り入れて
新しい免疫となって次のステージへ挑む糧となる

プロセスだからです。

勿論、体調を崩して不快な思いをするのは
誰だって嫌だし、最小限に留めたいとは思うけど、
そこにあるものは決して
ネガティブだけではないんですよね。





生まれたばかりの赤ちゃんは、
この世のいろんなものに免疫がないので
お母さんの母乳から沢山の免疫を貰います。
この世に存在する「自分以外のもの」に触れ、
刺激と拒否、抵抗と受け入れを繰り返し、
それが体の症状や病気という形をとって具現化されています。
熱を出したり発疹を出したりおなかを壊したり。
でも、そうやって自分の内に取り込んでいくことで
丈夫に、そして大きく成長していくんですよね。 。。。)))

無菌室で温室育ちをさせた植物や動物は
何の準備もなく外界へ出すとすぐ病気になってしまいます。
人間もそれと同じ。
あれもイヤこれも無理、となんでも避けていると
結局は自分を弱くしてしまう
ことに。
(いわゆる引きこもりの状態ですね~
 引きこもってたら、余計病むデショ?
現代人にアレルギーが発症したのも、
環境があまりに清潔になってしまったからだと
言われたりしてますしね。


(ここで私の実体験をご披露するならば、
 「色白は七難隠す ヽ(゜▽゜」を狙って、
 徹底的に日差しを避けて2、3年暮らしていたら
 病的に真っ白になったのはいいけど
 旅行先などでちょっと強い紫外線を浴びると
 日焼けではなく全面真っ赤な発疹が出るようになってしまい。。。
 やり過ぎは禁物、適度な日常紫外線程度は
 必要だったと反省した次第です 
 


これは体の話だけでなく、メンタル面でもそうです。
もし、自分が苦手意識を持っていたり、
心配や不安、受け入れることが困難なことが
沢山あるならば。
現代人のストレスはあまりに過多で複雑なので
「逃げれるものならとことん逃げろ 
カウンセラーや精神科医だって勧めているけれど、
(そして私も、ある程度はオススメします。
 イヤなもんはイヤのままで何が悪い。
そこを変えてみたいとか、何か乗り越えてみたいと
思った時にチャレンジしてみるのは
自分のキャパと自分の人生の可能性が大きく広がるので
やっぱりオススメしたいのです。








まぁ、そうは言っても
「体調不良はウェルカム」
「体調不良になるほど頑張れ」
なんて考えは必要ないですけどね~ 

私も、蕁麻疹出た時には
何故この日に、何故このタイミングで、
と考えると、あまりにドンピシャで思い当たりすぎて、
自分の体が正直すぎて大笑いしてしまいましたが
(こんなとこまでリコネ、要らんし。みたいな 
だからってそう毎回繰り返されては困るので
これっきりにしていただきたいと思います(--;
もーーー夜中に痒くて目が覚めて、ヒドイ目に合ったよ orz

ウェルカムと思ってると体がどんどん具現化してしまうので、
「何を触れても取り込んでもへっちゃらさっヽ(゜ー゜*」
目指しつつ、でも不可抗力でたまに見舞われる
熱フィーバーは寝込んだついでに
これ幸いとハーゲンダッツを貪り食う、

という図式でいきたいと思います。





今年の夏、いったい何個のハーゲンダッツを
摂取したんだい?と
耳に痛いことを聞いてくれる人は押してね(笑 ↓











2012⁄08⁄21(Tue) 14:44   スピリチュアル | | | ↑Top
大人になんてならなくていい


私は自分の性格や考え方について
リコネに出会う前からもう、
それこそ15年位前から
延々と自分で考えて、試行錯誤しながら
変えていってたのですが。
(当時は今ほど自己啓発や心理学的な
 本も講座もなかったので、
 自分で考えるしかなったワケで 





ワリと若い内に気づいた。
私は怒りの感情を顔に出したり、
人にぶつけたりすることが全くできないってことに。

まぁ、そういう人はとても多いし、
フツー、やらない方がいいに決まってる。
でも、「やらないように務める」ことと、
「できない」ことは違う
よね。



なので、それについてまず
「なんでだろう?( ̄-  ̄?」から始まって、
色々考えが巡った結果、
「どー考えても、怒らない方が良いにきまってる」
という結論に至り、(まぁ、そうだよね。
それ以来、いかに



「自分自身が怒らずに済むか」
「相手を怒らせずに済ませるには」
「怒ってる人とどううまく対応するか」




ばかりに取り組んできたんですよね。

なまじ、最初に就職した職場が
クレーム処理係みたいなもんだったから余計に、
そしてその後の自分の社会人経験でも、
常に



「相手を怒らせても、良いことなんか何もない
 (=だから怒らせないように)」し、

「怒ってる相手といかに交渉を進めるか」




ことばかりが重視される環境だったから、
自分自身の考え方もすっかり


「怒ったって良いことなんて何一つない 


になっていて。


昔、「怒り」という感情について色々考えた結果、
私は「怒る」という感情は、人間にとってアタリマエで、
それ自体が悪いことだとはちっとも思わなくて。
だから、お客様や友人知人から
「こないだ怒っちゃってさ・・・」ていう話を聞いても、
「そりゃ、(怒るの)アタリマエでしょ (・_・」
としか思わなかった。


でも同時に、自分自身の人生の中では
「怒りを表に出したって良いことなんか一つも無い」
とも思っていたので、
自分がカッとなったり、
嫌な思い出にいつまでもイライラしたりなんて
昔はしょっちゅうあったけど、それを
「いかに外に出さず、処理するか」
だけを考えて、散々色んな努力をした。

私にとって「怒り」とは
「出さない」「悟られない」「捕らわれない」
の三原則だったんです。(非核か 




で、元々、自分の性格も
「公平さ」「合理的」を好むこともあったから、
「怒る」という感情からも随分離れた今では、
人から

「冷静だね 
「(人に対して)寛容だよね」
「大人だね・・・


なんてしょっちゅう言われるような
物の考え方ができるようになって。

いわゆる「大人の対応」がすっかり身について、
「それがフツーに」になっていた。

だって、「大人の対応」がもたらす結果は、
「自分が我慢する」以外は
「悪いことなんて何一つない」し、
そして私はそう大して「我慢」をしていなかった
何故って

「この方法がつくづく理に適ってるんだから、
それ以外の選択肢が、一体どこにあるんだい? 


と、心底思っていたから。
ちょっとイラッとしても、頭ですぐ納得したし、
先々を考えたら結局自分の理になる
と思えば、そんなに無理やり我慢しなくても
ホントに片付いてしまうから。






でも。






私の想像を超えて、実は「大人の対応」には
とんでもない弊害があったことに
ここ最近、やっと気づいた
んです。





それは「自分が我慢してモヤッとする」
なんて単純な話なんかじゃーなくて。
(説明すると長いので、その内日を改めて)

そしてそこで気づいたことが実は、
私が10年位、自分のプライベートの
友達や彼氏との関係性の中で、いつも
「なんでこんなことになるんだろう orz 」と
思い悩んでたことへの答えだった。


そう、私は 「大人の対応」に偏りすぎていた んです。





この現代社会、仕事でもプライベートでも、
上手に「大人の対応」ができていれば
モメないし、何事もスムーズに進むんだし、
「良いことずくめじゃん 
ずっと思ってたんだけど。

相手に自分の意思を伝えたりするにも、
「怒った」感情が無い方が、こじれずに済むじゃん、と。
実際、今までの人生振り返ってみても
その方法でかなりの物事は全て丸く収まってた・・・

と、思ってたんだけど。




ガーーーン。。。。 
そうじゃなかった。
怒った方がよかったんだ。。。。。   









実は、私がこれまでの人生で、
友達や彼氏に対して
「珍しく声を荒げた」とか
「ムッとした顔をした」ことなんて、
本当に数えるほどで…
(ホントに、顔にも出さずにいたんですよね)

ほとんど「怒る」という感情を表に出さない私が
それでも出すってのは、自分にとって、
そして「社会的に、常識的に、誰がどう聞いても」
「そりゃ怒っていいんじゃない? 」て
状況だと思うんだけど…
それでも、そのたった1回の「怒り」で、
急激に相手との関係性が悪くなったり
それがきっかけで仲たがいをすることが
何度かあって、だから余計に
「怒ったって良いことなんか、何一つ無い」
と思ってたんです。
そして、相手と仲たがいを招いてしまった理由は、

「自分が上手に怒れない
(=怒った自分を伝えるのが下手)」


からだ、と思ってたんですけど。




でも違った。





私は怒りという感情を
表に出さずに、そして自分の中で消化して、
しかも発生しないようにしすぎて、
別の弊害を招いていたことを
何年も何年も気づかなかった
んです。





・・・・・・・(なんかホラー映画みたい・・・(-"-






まぁ、説明すると長いんでまたの機会にしますが、
今日はこれだけ。

サロンのお客様も、
そして自分の友達も知人も、
「イライラしたくない」「怒りたくない」て、
「怒りの感情に振り回されない自分」に
なりたいと、沢山の人が口をそろえて言うけれど。



それも大事で大切なことだけど、
そっちへ偏りすぎると返って大変なことになる




ので、別にやらなくていい です








散々努力して、できるようになったと思ったら
「そこまでやらなくていい」ことに気づいちゃった
私って一体~~~ みたいな~~~~
oh~~ my~~~~~! orz  
( ↑ ショックすぎてなぜか外人化・笑

いやしかし、これにやっと気づけたって、
さすがのリコネ人生だわ、と思いましたよマジで・・・ 







そんなわけで。

みなさん、テキトーに、
思うがままに任せて素直に生きていきましょう。
それで全然大丈夫なんで
 (←笑!








なんだかわかんないけど、うん、お疲れさん
と労わってくれる人は押してね  ↓








2012⁄06⁄24(Sun) 22:28   スピリチュアル | | | ↑Top
それは根拠がナイ


前々回、
人間は、自分が考えてることを現実に作り上げる力を
誰でも持ってる、すごい生き物なんだ。

てことを書きました。


わかりやすくするために、
パワーストーンのブレスを使って
ちょっと極端な例を出しますね。






時々、
「私の石、いつもすぐ割れちゃうんです~ ヽ(@▽@***」
と、うれしそうに言う人、います。


このタイプの人は、
「自分は霊感が強い」
「自分のまわりではいつも不思議なことが起こる」
「そんな自分をいつも石は守ってくれる」

という自分になりたい。
だから石が割れることを、望んでるし嬉しがっているんですね。
(石が割れたらイチイチ修理しなきゃいけないの、
 めんどくさいのにネェ~ 


そういう人は、「石が割れる」という現象を
自分で作り上げています。

自分の力で石を割ってるんです。
石が割れる原因は石でもなく、
自分の周りにいる「見えない何か」でもない。
石を割っているのは、ほかならぬ自分。
それだけ、私たちには
誰でも現実に現象を発生させる力があるんです。



まぁ、コレは極端な例ですけどね。
そして、それで本人が楽しいなら
私は別にそれでいいと思うんですけどネ~ 

でも、もし本人にとってそれが
「怖いもの」「嫌なもの」だったら、
わざわざ作り上げる必要なんて無い
ですよね。







たまたま、何かのきっかけで
物にぶつけたりしてブレスの石にひびが入ったら。

そりゃー誰だってショックですよ。
お気に入りで大事にしているカワイイ私のブレスが 

で、そのあとにこんな風に思っちゃう。



「石が割れるなんて・・・なんだか不吉(or怖い)」

または、

「この割れた石をそのまま身に着けていて、大丈夫なのかしら。
 何か悪いことが起こらないのかしら


(↑これは多いでしょ、皆さん!



まぁ、そう思っちゃう人が多いのも仕方ないですよね。
何故かって、理由はいろいろあるんだけど、
日本って、ガラスの物とか、鏡とか、
繊細なものが壊れると理由もなく何故か
「不吉」って思っちゃいます
もんね。



でもそれ、本当は根拠が無いんですよ。
だってさ、冷静になって良く考えてみてください。


なんで鏡が割れたら不吉なの?


自分の顔が映るものだから?
じゃぁ、ガラスは?窓ガラス。映りますよね、自分の顔。
ピカピカに磨いた車のボンネットは?
色が黒なら映るよね~ 
だったら、同じくピカピカの黒いスマホは?
(と、だんだん話が逸れていく・・・・・笑)




冷静になるために、至極まともなことを敢えて言いますと。
形あるものはすべて、いつか壊れる んですよ。
鏡だろうが、石だろうが、
なんちゃらのすっごい強力な神社のお札だろうが、全部同じ。
そこに特別な理由などありません。
それが自然の摂理。そっちのほーが普通で当たり前。
逆に何百年も壊れない鏡があったら、
そっちの方がマジで怖いっちゅーの(笑
 ねぇ?



私たちは、子供のころに読んだオカルトっぽい
誰かの伝承話や雑誌記事、つまり
「読者を怖がらせるために作られたもの」
が思考回路に刷り込まれています。
だって、「読者を怖がらせるために」
わざわざ作られたもの
ですからね。
そりゃー、それ読んだら、怖がりになっちゃうのも
当然っちゃー当然ですよね。
でも、理由は、たったそれだけなんです。
子供のころに聞いた怖いオバケの話を
大人になった今でも本当の話だと恐れているだけ。







話を戻して、ブレスの石が割れたとして、そのあと。
実際、ほんのちょっと嫌なことが起こったりしよう。
仕事でちょっとミスって怒られたとか、
携帯を落として傷がついたとか、
日常でフツーにある、「ほんのちょっと」のミスだ。


なのに、それを石が割れたことに勝手に結び付けて


「やっぱりヤなこと起こった 


て思っちゃうんですよね。



でもこれは本当はただの偶然。
心理学でもこういうパターンを「関連付け」て
言葉でよく指摘されますが、この場合、
石が割れた という過去の出来事と、
そのあとに起こった出来事 の間に
間違った因果関係を結んでしまっただけです。


でも、この自分の間違った思い込みが
自分の経験となり、
いつのまにか頭の中では

「石が割れると悪いことが起こる」

というゆるぎない方程式ができてしまって、
結果、次に石が割れた時や、
「なんだか不吉」と思ったことが発生すると、
この頭の中の間違った思い込みで
作られてしまった方程式に沿って、
無意識のうちに自分で「ちょっと嫌なこと」を
実際の現実に作り上げてしまうかもしれない。
んです。



イヤでしょ~~?? そんな効率悪い人生~~~~ 





(ま、「かもしれない」程度なので、
 そんなに心配しなくていいですよ 
 大抵は同時に「嫌なことが起こったらヤダ~」て
 打ち消しあいますから。
 あるとしたらせいぜい、そのあとに偶然発生した嫌なことを
 また間違えて結びつけて「やっぱり」て思うだけですね~






だからネ。
次に何か、自分が「ヤダー!なんだか不吉(怖い)!(><
て思うようなことがあったら、
是非、次のセリフを思い出してください。




なーーーんて、ウッソーーー 
自分が勝手にそう思っちゃっただけで、
ホントはぜーんぜんどこも悪くないし、
怖いことなんて何も起こらないんだよ~ん   







え、ものすごくバカっぽいからヤダ?
そんなこと言わずにやってみてくださいよ~ 
スピで言うところの「恐れを手放しましょう」て、
これと同じですよ 
私たちの人生には、
何か悪いモノが私たちに害を及ぼすような
不吉で嫌なことなんて、何も起こりません!!!
 



私たちが怖がっているものは、
ただ自分がわけもわからず、
昔からの癖や刷り込みで怖がっているだけで、
その「怖いこと」は現実には実在していないんです。
それを毎回、思い出してください。
そのうちそれが刷り込みとなって頭に残り、自分の癖となって、
私のように心臓に毛が生えた人間になりますヨ~ 







心臓に毛をはやした女子はちょっと嫌。 
と、ごもっともな感想を持った人は押してね。(-"-;








2012⁄03⁄13(Tue) 12:36   スピリチュアル | | | ↑Top

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プロフィール

サロンセレスト

Author:サロンセレスト
名古屋栄&矢場町
ナディアパーク西で
リコネクション
パワーストーン
オラクルカードを扱っている
スピリチュアルサロンです。

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http://www.salon-celest.com

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