名古屋市中区栄のリコネクション&パワーストーン  スピリチュアルサロンsalon celestのブログです
ただ、今そこにあるものに目を向けるだけ


逆境や辛い時に

「なるべく前向きに、
 ポジティブに考えようと頑張ろう」


という言葉はよく耳にします。



勿論それが一番大事だけど、残念ながら人間、
ムリヤリってのは長続きしない。 ┐( ̄_  ̄)┌
逆境で苦しんでるときに、
返って苦行を増やしちゃー意味が無いよね。


ツライこと、嫌なこと、耐えられないこと、
そういうのはまずは吐き出して、
そう感じる自分を否定せず、認めることが先決で。

だって無理に蓋をして見ないフリしたって
その蓋は必ずドカンと剥がれる。
抑えつければ抑えつけるほど。
だったらこじらせる前に、
「そう感じている自分」も、
間違いなく自分の一部だっていうことを
尊重してあげるといいと思う 


そのために、
そんな自分を受け入れてくれる友達を
日頃から作っておくといいよね。
(え、気づいたら誰もいなかったって?
 大丈夫、だったら今からやってみればいいんだって
 自分が逆境なときにこそ、相手の真価がわかるってものだ)
でも、日頃から愚痴愚痴グチグチ、不満ばっかり言ってると
本当に辛いときですら「もううんざり」と
聞いてもらえないからそこは要注意だ



頑張れない自分、
それでも頑張りたい自分。
どっちにも転べない自分。
全て、自分なのだということ。


それでも人間は、目を向けた方へ進んで行く。
見たい景色を自分で決めれば、
その景色を見続けることができる。
ずっと腐っていたいと思うならそれも良しでしょう。
だってとことん腐り続けてたら、そのうち飽きるもん

そして、前を見たいならば。
無理やり、物事をポジティブにとらえようとか
本音とは真逆に考えてみようとかせずに。

ただ、自分の周りにあるものに気づくこと。
今、確かにそこにあるもの。
別に光り輝くようなダイヤモンドじゃなくたっていい。


住む家があるということ。
仕事があるということ。
例えそれが、元気なときの自分にとっては
満足いくものではなかったとしても。
「ある」という事実は変わらないのだから。

家族がいるということ。
友達がいるということ。
もし彼らが、自分が望む通りの形で
わかりやすい愛情を与えてくれなかったとしても。
たった一人で挑まなければいけないよりは
心強いはずだから。


他には?
好きなテレビが見れて楽しかった?
食べたものが美味しかった?
美味しいものが今、手に入れることができないなら、
美味しいものを知っている自分がそこにいる
ということに気づけばいい。
知っていたら、手に入れに行くことができるでしょう 


こういうの、使い古された
ありきたりな方法なのかもしれない。
でもコツは、
無理やり考え方(自分)をコントロールしようとしないこと。


ただ、「そこに実際にあるもの」に目を向けるだけ。
これだったら無理やり感も努力も必要無いでしょう(笑
そこに本当に最初からあるんだから。
あなたが「頑張って何かをする必要」は無いってこと。
大変な時は疲れてんだから、
余計なことしなくていいんですよ(笑




そうやって、ただ目を向けて気づくだけ
繰り返していけば、
あなたの世界はあなたが気がついたもので溢れていく。
その楽園の中で毎日眠りにつき、
朝が来れば目を覚ます。
気づいたら逆境なんて当の昔に消え去っているだろう。





そのときあなたは何に気づき、何を思うでしょうか 







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2017⁄04⁄13(Thu) 23:51   スピリチュアル | | | ↑Top
わかりあえないのだろうか?


他者とコミュニケーションを取る時、
私達は、自分の考えや発言の下にある
「前提」に気づいていないことが時々あります。


例えば、昔に似たようなブログを書きましたが、
何かを相手に訴えても、相手の理解が得られなかったとき
「どうしてわかってくれないの!」と
なることがありますよね。

その「わかってもらう」という言葉は、
厳密に言えば
「わかる」=「理解する」なので、本当は
「自分の言い分を「理解」してもらう」という意味です。
つまり、理解するだけ。
でも、私達がこの言葉を使う時、多くは
「私の主張を理解してくれた」上で
「私の主張に同意して更に
「私の望む行動(発言)をとって欲しい
という三段階の思いが隠れています。

なので、「相手がわかってくれない」と嘆く(怒る)とき、
それは「相手に理解してもらえなかった」のではなく
「自分に賛同してくれなかった
 (そうだね、と言ってくれなかった、否定された)」
「自分が望む行動をしてくれなかった
という
ことに対して嘆いて・怒って・失望して いるんです。


(ものっそいわかりやすい例えとするなら、
 カノジョ「寂しいから毎日連絡をちょうだい」
 カレシ 「寂しがっているのはわかっているけど
      忙しくて毎日は負担だから無理」
 カノジョ「なんでわかってくれないのよ!」
 のパターンですね 


なんでこんな細かいことを書いてるかって、
「わかってもらえない」のと
「同意してもらえない」のは
ちょっとニュアンス違いますよね。
状態は正確に掴む必要があります。
「わかってもらえなかった」だと
もうそこで「もう成す術が無い」「努力はムダだった」となっちゃう。
でも、「理解してもらえない」や、
「同意してもらえない」なら、次がある。
そして、この二つは次に取るべきステップが異なります。
だから、どっちなのかを見極めないといけない。

「わかりあえない」と思ったなら、
自分のこの失望は、この細分化したニュアンスの違いの中のどこにあるのか。
自分が相手に何を求めていたかを見極めることです。
(そう、相手に求めてるんですよ 
そうやって細かく分解していくことで
気づくことも対処方法も見えてくるというもの。




そしてもう一つ、
ちょっと注意しなきゃいけないのが、
「わかってもらえない」という言葉は
実はもう一つ、そこにも前提があって、

「自分の意見は正しい」
「なのにそれを理解してくれない相手に問題がある
 (理解力が無い、思いやりが無い、等)」

というニュアンスが隠れている場合があります。


「私の言い分は正しいのに
 (理解・同意してしかるべき話しなのに)
 どうしてこの人はそれがわからないのかしら


本来、人の考え方も立場も今までの経験もみんな違うのに、
なぜ、自分の言い分は正しい(理にかなっている)と言い切れるのか?
そこに気づけば、
いかに自分の言い分が一方通行で身勝手なのがわかりますよね。
これが私たちの中にある「埋もれている前提」です。
でも、それに気づかずに、
コミュニケーションの一方的な押し付けを
相手のせいにしてしまうことが時々あります。

「この人はどうしてわからないのかしら」を
「相手の理解力が低いからだ」
上から目線、つまりバカにしてしまうのもよくあるハナシ。


(特に、スピ系でこれはとてもよくあるパターンです。
 神とか愛とか宇宙とかこの世の仕組みとかいう
 壮大なテーマ(笑)を語る余り、
 独善的になり、自分のこの言い分に間違いはないんだと思い込む。
 そしてそれを理解しないアナタの程度が低いんだと 
 何故か上から目線になることが多い。
 これをスピリチュアル・エゴといいます。
 この世の仕組みはこうなんだ、
 大いなる存在はこういうものだ、
 というのはあくまであなた個人の考えであって、
 それが全員に当てはまるとは限らないんだけど。。。ね



そして、わかってもらえない理由には、
そもそも根本的な考え方の違いがあったり、
自分の説明の仕方が未熟な場合もあります。
(以前、すっごいなぁ~ と逆に関心してしまった言い分には
 「言語は(表現したい内容を)制限してしまう」
 つまり、伝えたいこと、言い表したい状態を言語で伝えようとしても
 言語は完璧じゃないので伝わらない、というもの。
 これ、確かにそうですよ。言葉には限界があります。
 でも、そのときそう言ってた人(サロンのお客様じゃないですよ)は、
 「私の主張が伝わらないのは言語というものが不十分だから」
 と、言語のせいにしてたんですよね。
 どんな道具も、それを使いこなすかどうかは本人の力量じゃないのかい?
 と思いました。。。)


相手のアタマが悪いんだと相手のせいにする前に、
そして、「わかってもらえず傷ついた(/_;」と
一方的な被害者気分になる前に、
自分の伝える力を向上したいものですね。



目指せ一億総人口 池上彰(笑



ま、誰よりワタシが的確な表現ができなくて
日頃アワアワしてるんですけどね(^^;
目指せアキラ~~~アキラ~~お願い憑依して~~~(笑

て、中尾彰が憑依して「志野がね」とネジネジしだしたら
ミホサン降ろす人間違ってるよと教えてね ↓







2015⁄08⁄12(Wed) 12:00   スピリチュアル | | | ↑Top
嫌味を言う度胸


先日、無事東京セッション終了させて頂きました。
ご縁を頂きました皆様、本当にありがとうございました 
お久しぶりな方、はじめましての方、
遠隔でお電話やメールのみでしかお話できなかった方、
お目にかかれて本当に嬉しかったです 

で、結局、またまたご縁を頂いて
12月か1月に東京セッション開催決定となりました。。。
詳細は改めて告知させて頂きますので
ご興味のある方、お問い合わせくださいませ。
どうぞよろしくお願いいたします。




さてさて、ちょっとインパクトのあるタイトルにしちゃいましたが。

実はですね。こないだ、
「話しの中にさりげなく嫌味を盛り込む」
というワザにチャレンジしてきたんです(笑

なぜチャレンジって、
私、昔から面と向かって
怒れない・文句を言えない・自己主張ができない
という3ナイ人生だったんですが
(えっ そんなにおしゃべりの癖に?
 とか思うかもしれませんが 
 おしゃべりと自己主張はちょっと違う)

皆さんも心当たりあるでしょう、他にも
助けを求めるとか、甘えるとかが苦手、なんてね。
(てことは5ナイ運動か。多いな・笑)




だいぶ前に大人になんかならくていいというタイトルで

怒りについて書いたことがありますが。

この当時の私はまだ、
「怒ることが必要なときもあるんだ」
とやっと気づいた程度 
「相手を責めるとか謝罪を求めるとかいう
 くだらない次元ではなく、
 ただ、自分の怒りを表現する」
芸当なんて、夢のまた夢。


なんでもそうだけど、
ないのとやない(やったことない)のでは、大きく違う。
怒りをいつも飲み込む努力ばかりを重ねた人が、
本当に必要なその瞬間に、
怒りと冷静さを適切なバランスで相手に伝えることが
果たしてできるかってハナシですよ。

この2、3年の私は、怒りだけじゃなく
今までの自分がやってこなかった
色んな5ナイ運動を展開しておりましたが、
最初は慣れてないもんだから、そりゃもう自分でも
「一体なにやってんだあたしゃー orz
てノリツッコミ甚だしい面妖な言動を繰り広げる体たらく。
でも人間、なんでもチャレンジって大事ですよね。
それなりにそこそこできるようになりはじめました。



で、先日。
過去に
「自分の人生で一番大事なとき、
 一番大切なところと向き合っているときに
 パーソナルスペースを
 土足で踏み荒らしていった」

相手と数日一緒に過ごす機会がありまして。
私は当時、その場と相手の立場を考えて
「ここは事を荒立てるべきではない」と思って
言い返さなかったんだけど、
後で激烈に後悔した。
そんな相手に一体何を気を遣う必要があったのかと。


そんな相手に再会するとしたら、
皆さんだったらどうしますか?

我関せずでただ悠然と、ぴしっと距離を保つ?

多分それが大人な対応なんだろうけど、
そういうのは社会で生きてく上で
嫌ってほどやらなきゃいけないんだから、
どうせならやってないことしよう。
やらなくていいところでまで
無駄な労力を浪費する必要はナイ。
(省エネ)


そうは言っても、そもそもその相手に
嫌味を言う以前に何か言葉を交わす気すら
毛頭無かったので、
せいぜい何か用事で話しかけられても
無愛想な対応をする程度で終わるのは容易に想像できていて。

うーん、それだとただの
一人でプリプリしてる不機嫌女になっちゃうなー 
そうだなぁー、ホントにやるとしたら
何か感想や意見を求められた時にでも
自分の意見に盛り込んでたった一言、
嫌味を入れる程度かな、と思ったわけです。
何しろ、その場にいる別の人は何にも関係ないし
事情も知らないわけだから、巻き込むのも申し訳ないし。
(省エネとか言ってるけど、
 結局すごいエネルギーの浪費だよねこういうの 

と、もにゃもにゃ考えてはいたものの
数日実行する機会もなく、
あーやっぱりこんな無駄でネガティブなこと
やる必要ないってことなのかな宇宙ーー
問いかけたその途端、
突如やってきたそのタイミングが(笑
えぇ、ちゃんとお仕事してきましたよ、
自分の発言の中に、
たった一言、でも相手に分かるように
その時だけ顔を見てアナログマーキング。
何でもやればできるもんだ(笑



さて、そんなエネルギー浪費を試してみて
私は何を得たか?




とりあえず、嫌味を言う度胸の足がかりは得ましたね(笑

結局のところ、度胸なんですよねーー
元気も勇気も優しさも大事だけど
度胸を育てておく努力って
みんな意外に忘れてるんじゃないかなと思ったり。
度胸があれば何でもできる(by猪木)

そりゃ誰だって嫌味とか文句とか、
そんなものとは無縁の生活を送りたいし
攻撃や不快な振る舞いに対して
かわして穏便に済ますスキルは大事だけど、
片方だけ育てるよりは両方育てておけば
相手によって使い分けれるでしょ? 

以前、お客様から聞いた印象的な言葉。
「私は本当に気が弱くて言いたいことも言えない人間だったけど、
 子供を守らなきゃと思ったら、戦えるようになりました

なんて素敵なんだろうと思いました。
そう、人生で一番大事なものを侵害してくる相手に
毅然と立ち向かう勇気もスキルも必要だよね。



そしてもう一つ、
今回の行為の先にあったものは
あのクソ女(あ、言っちゃったー笑)に対する
怒りとか鬱憤を晴らすとかいう次元ではなく、
全然違うことについて、
今までの自分ではたどり着いたことがなかったものでした。
詰まりが抜ければ新しい場所に行くし、新しい場所が広がるよねー 
(結局のところ、嫌味を言うことより
 「自分の意見」を言うことの方が大事で
 言ってる途中はその人のことなんてどーでもよかったしね)



というわけで、みなさん臆せず
いろんなことにチャレンジしてみましょう 
こういう一見ネガティブな行為って、
失敗していい相手で練習しとけば
本当に大事で関係性を大切にしていきたい相手と
モメたときにこじれさせることもないと思うんだけどなーー 


東京で美味しいお土産いっぱい買おうとしたら
全然そんな時間無くて打ちひしがれたことを
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2014⁄11⁄15(Sat) 17:04   スピリチュアル | | | ↑Top
こだわりの


「私、コレがいい!


「私、どれでもいい



て言葉、どっちが「良さげ」に聞こえますか?



一見、前者の方が積極的で、元気で、
人生を楽しんでいるように聞こえますよね。

でも、ストレスに強い性格がどっちだ、
ていう観点で見ると、
実は明らかに後者の方が強いんです。





「これが好き」「大事」「大切」という思いは、
私たちの心を暖かく、積極的に、
人生を価値のあるものにしてくれます。
そして、「私」というパーソナリティの確立と、
「私らしさに満たされる」という二次的な喜びももたらしてくれます。

が、何でもそうだけど、
それが「過ぎる」と、ちょっとやっかいなことに。


「これが好きが強くなりすぎると
いつしか
「これじゃなきゃ嫌(ダメ)に変わっていくことがあります。

お気に入りの「コレ」があまりに気に入っちゃう
「コレじゃない状態」が苦になるんですよね。
「コレが好き」に囚われてしまうようになる。



どういうことかっていうと、たとえば、
以前、デザイン関係の仕事をしている知人がつぶやいた言葉。

「僕、Apple社のデザイン以外の物に魅力を感じないんだよね。
 パソコンも携帯も。他社製品見ても全然持って歩きたくないんだ。
 ジョブズが死んで、この先Apple社のデザインが
 今までみたいなクオリティじゃなくなったら
 買えるもの無くなっちゃうよ~(--;」


なんだか贅沢なハナシかもしれないけど(笑)
でも、「Apple社が大好き」の幸せなハナシのはずが、
これが無くなったら他に手立てがない と、
なんだか身動き取れない状態になっちゃってますよね。




「好き」「大切」「愛着がある」という言葉は
本来、暖かくて、ずっと大事に抱きしめていたいもののはずなのに、
いつのまにか「これ以外ダメ」になると
自分の人生が身動き取れなくなってくる。

途中で「しょーがないや、諦めよ 」と
中庸に戻れればいいんだけど。
あまりに愛しすぎて、他で代用したくない、
できなくなっちゃった場合。
なまじスタートが「大好き」だったので、
「諦める」という選択肢を否定しがちになります。


「だってこれ以外ダメなんだから、仕方ないじゃん


そして、ついには意固地になって

「好きなんだから、それは大事にすべきだ

にまで発展しちゃったり。
(「べき」になってます。正当性を主張 



でもそれって、
最初の「好き!」の幸せな状態とはちょっと変わってきてますよね。
自分の好みに「こだわって、執着して、しがみついている」状態。
なので、「楽しそうじゃない」。
軽くないんです。重い重い 




何かを愛する気持ち、大切にする気持ちに
「こだわりだしたら」要注意。


「荷物を持ってくれるアナタが好き」
「荷物を持ってくれない人は幻滅」になり、

「美しい(清潔・整然とした)ものが気持ちいい」
「そうでないものが耐えられなく」になり、

「周りにさりげない気づかいしてくれる人にほっとする」
「そうでない人(行為)がものすごく不快」に変わる。




「好き」のこだわりの最終形態は、
「好き以外がダメになる」ので、
自分の周りを好きで埋め尽くそうとする。
または、ダメを避ける(ダメから逃げる)ようになる。

そうすると、どんどん自分の世界が狭くなっていきますよね。
受け入れることができる幅が狭くなるんです。
苦手が多い、妥協ができなくなる人生。




なんでこんなこと書くかって、
これ、ストレスをためやすい人、
ひいては欝になりやすい人の性格パターンなんです。

一昔前、欝になる理由ってのは
「ノーが言えない」
「いわゆる「いい人」」(=自分をおさえて相手に合せる)
て性格の人だ、と言われていて、
勿論それは間違ってはいないんだけど。
人のストレス耐性やメンタルトレーニングが
随分進んできた今の時代、
欝になる要因はもっと沢山あって複雑なことがわかっています。

その内の一つに、
こだわりが強いとか完璧主義な性格てのがあります。
自分のこだわりが強すぎて、周りに嫌なもの、
受け入れられないものが増えていき、
八方ふさがりになって行き場所が無くなる。
毎日の生活に嫌な事ばかりが増えて、
我慢ばっかりしなきゃいけない、
どーしてもイヤなことを無理やり我慢しなきゃいけない。
だから欝になる(@_@;




じゃぁどうしたらいいか。
好きを突き詰めがちな人も、
自分はどうも苦手が多くて困る と思ってる人も、
やり方はおんなじ。


「苦手を我慢する・克服する」のが
難しいと思うなら、
アプローチする場所を「苦手」の方でなく
「好き」の方にするといいです。


まず、「好き」をあまり突き詰めないようにする(^^;
(こだわると細分化されて、注文が厳しくなるから)

それから、「まぁいっか、コレでと、
妥協する癖を細かいところからつけておく。
(人間の心は、ある程度慣れでなんとか折り合いがつけられます。
 苦手なことだって、慣れちゃえばそのうちなんとなく
 苦手だっていう意識に執着しないようになる)

そして、「これはこれでアリなんじゃない?ヽ(´ー`)ノ」を少しずつ増す。
「好き」の幅が狭まっていったのなら、
逆に広げていけばいいんですよね。



他にも方法はまだあるけど、
書きだすと長いのでこのへんで。(もう十分長い 
「苦手を減らす方法」は他にもあります。
人(の性格)によって合う方法も変わりますので
良かったらお目にかかったときに
ご自分へのオススメ方法、ご案内しますよ~ん 


しがみつくものが多いと、人生は重たくなる。
そして、狭くなって、拒否するものが多くなる。
「好き」に執着してると気づいたら、
その手を緩めてみるといいですよね 








2014⁄06⁄10(Tue) 23:05   スピリチュアル | | | ↑Top
聞きたくない言葉


大抵の「大人」が自覚しているように、
誰か--- たとえばそれは友人であったり、
家族であったり、職場の同僚であったりする人から
言われた一言に

カチンとした

イラッとした

それは私にとって地雷だった


場合。



そう、「地雷」なんだよね。
つまり「当たってること」

図星を指摘されると、人はカチンとくる。
そして、意固地になる。
「何も知らないくせに」
「なんでそんなこと言われなきゃいけないの」
「余計なお世話だ」

と。



一昔前と違って、これだけメンタルの研究が進んだ現代、
「自分の内面と向き合う」ことは随分一般的になりました。

でも、自分と向き合うことは、
時として苦痛を伴うこともある。
目を背けていたいことと
直面する行為は、誰だって辛い。

避けて通れていければそれでいいけど、
それでも長い人生、
いつかは一歩を踏み出す勇気も必要だと私は思う。

で、さて、向き合ってみて、
認めたくなかった何かが出てきてしまったときには、
どうする?

受け入れる?

それとも、

はねのける?





誰かが、地雷のスイッチを入れるような発言をした時。

例えばそれが、
ただ相手を傷つけるだけのデリカシーの無い言葉であったり、
こちらの事情をわかりもしないのに
偉そうに上から目線で
説教したい病¬( ̄- ̄)Γ の人の発言だったりする場合は除くとして。

自分の甘さやプライド、身勝手さ所以に
現実から目を背けていたいこと、
認めたくないことを指摘された場合。

自分の瞬間湯沸かし器のような感情的な反応をなだめ、
指摘されてしまった、「目を背けておきたかった」
自分の難点を受け入れていくことを
果たしてあなたはできるだろうか。





若い頃は友人の行動に対して
ああだこうだと口を出すことって多いけど、
年を重ねていくと、たとえ仲の良い友人であったとしても
自分に何かを「忠告」してくれる人は少なくなる。

その理由は、若い頃の経験を重ねた結果、
「本人が○○したいんだから、周りが何を言っても無駄」
てことがわかった、てのが大多数だろうけど、
時には「言ったところで機嫌を損ねてトラブルになるのが
目に見えてるから言わない」
て場合もある。



「あなたの人生なんだからあなたの好きにすればいい」
という見方は、冷たいようで冷たくない、
適切なスタンスなんだけど。

それでも、あなたにとって必要な何かを、
「カチン!」が返ってくることを
わかっていながらそれでも言ってくれる友達は
重要ではないだろうか。



その「忠告」が本当に必要なのか、
愛のある行為なのかそれとも余計なお世話なのか、
その境はいつもケースbyケースだし、
たとえそれが、言う側にとってはどんなに愛にあふれたものであっても、
果たしてそれが受け取る側に功を奏するとは限らない。

でもだかといって、
全て「その人の人生なんだから(私は何もしない)」
適切な真実でありながら、
じゃぁ友人って何? 何のための友人?
になったりもする。

こういうのって、
何も正解もプロトコルも無いんだけれどね~ 
でも、「あなたの人生好きにすればいい」が全てだと思ってると、
人は誰とも関わらず、交流せず生きてるようなもんじゃぁないの?
てことにもなるよね。







過去を振り返ってみて。
自分のことをよく知っている人から言われた
カチンときた一言。

それは聞きたくなかった言葉?
それとも、それを聞き入れてみると
あなたの人生が変わる言葉だろうか?




その答えはいつだって、自分の中にしかない。
でも、言われてカチンときたその感情の下に、
どこかで「その通りなのかもしれない」とわかっている自分がいるのなら。

いきなり100%受け入れる必要はない。
でも、いつかは受け入れてみようと思う気持ちさえあれば、
きっとあなたの人生は大きく動くだろう 











2014⁄05⁄25(Sun) 00:11   スピリチュアル | | | ↑Top

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サロンセレスト

Author:サロンセレスト
名古屋栄&矢場町
ナディアパーク西で
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パワーストーン
オラクルカードを扱っている
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